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不正行為に基づく抗弁の成立要件

~自社関連出願の「重要性」と「欺く意図」~

Shanghai Meihao Electric Inc.,
Plaintiff Appellee,
v.
Leviton Manufacturing Company, Inc., et al.,
Defendant-Appellant.

執筆者 弁理士 河野英仁
2010年8月10日

1.概要
 米国においては米国特許商標庁(以下、PTOという)に対する誠実義務が求められており、発明者等が特許性に影響を与える先行技術を知っている場合は、これを隠すことなく、PTOに提示しなければならない(規則1.56)。そしてこの誠実義務に違反した場合、不正行為(inequitable conduct)があったとして特許権の行使が不能となる*1

 被告側が不正行為に基づく抗弁を行う場合、
(i) 特許権者側が提出しなかった情報が「重要(material)」であること、及び、
(ii)PTOを「欺く意図(intent to deceive)」があったこと
の2つを立証する必要がある。

 本事件においては、同一譲渡人による関連出願の情報及び訴訟情報をPTOに対し提示しておらず、これらの情報は「重要」と判断された。しかしながら、「欺く意図」はなかったとして、不正行為があったと判断した地裁の判決を無効とした。


2.背景
(1)Germain出願
 Leviton(以下L社という)は、2003年10月漏電ブレーカに関する10/690,776特許出願(以下Germain出願という)を行った。この出願は2003年2月になされた仮出願を基礎とする出願である。図1は関連出願の経緯を示す説明図である。Germain出願はGermain氏らを含む、計5名が発明者として記載されていた。


出願経過を示す説明図

図1 出願経過を示す説明図


(2)継続出願*2に係る766特許
 6ヶ月後の2004年4月、L社は同じく漏電ブレーカに関する10/827,093特許出願を行った。後に当該出願は、U.S. Patent No. 6,864,766特許(以下、766特許という)として成立した。766特許は6,246,558特許の第3世代の継続出願である。図2は766特許の漏電ブレーカの外観を示す説明図である。


766特許の漏電ブレーカの外観を示す説明図

図2 766特許の漏電ブレーカの外観を示す説明図


 558特許の原出願は、1999年8月に出願された。766特許はこの優先日を主張している。558特許及び766特許の発明者はPTOに対し、各自がクレームされた発明者であることを示す宣誓書を提出していた。

(3)クレームの内容が実質的に同一の関連出願群
 766特許の発明者とGermain出願の発明者とは相違し、かつ、相互間で優先権を主張していない。しかしながら、766特許のクレームとGermain出願のクレームとは多くの部分で共通する。例えば、766特許のクレーム1は、「少なくとも一つの移動可能なブリッジ」であるが、Germain出願のクレーム31は「移動可能なブリッジ」としているにすぎない。また、766特許の従属クレーム3,4,13,14、はGermain出願のクレーム32、31,43,44と同一である。

 766特許の優先日は、1999年であり、Germain出願の優先日2003年以前である。L社は766特許を含め、関連する技術について計12件の訴訟を展開している。特許権を強化していく際に、このような「別発明者・同一クレーム」という状況に陥った。

(4)訴訟の提起及び地裁判決
 L社は上海Meihao社(以下M社という)が766特許を侵害するとしてメリーランド州連邦地方裁判所へ提訴した。M社は、766特許が、Germain出願のクレームをコピーしており、また766特許の審査段階で審査官にGermain出願を開示していないことは不正行為にあたり、権利行使は認められないと主張した。

 L社は、2005年6月6日に766特許の再審査請求を行ったが、その際も、審査官に対し、Germain出願を開示せず、さらに、継続中の関連する訴訟情報もPTOに開示していなかった。

 2008年12月23日、地裁はL社の行為は不正行為にあたり、権利侵害の主張を認めなかった。さらに、L社はM社に対し濫訴を行ったことから、弁護士費用としてM社に$1,04,353.10(約1千万円)を支払うよう命じる判決をなした。L社はこれを不服としてCAFCへ控訴した。


3.CAFCでの争点
争点1:関連出願及び訴訟の情報は重要か否か
 L社は、766特許に係る出願はGermain出願より先の優先日を有することから、766特許にかかる出願の審査及び再審査の過程においてGermain出願の情報をPTOに提供しなかった。さらには関連特許によりM社に対し訴訟を展開していたが、PTOに対し当該訴訟の情報を提供していなかった。このGermain出願及び訴訟の情報が、766特許に係る出願において「重要」か否かが問題となった。

争点2:L社はPTOを欺く意図があったか否か?
 L社は意図的にGermain出願をPTOに開示しなかったが、L社にPTOを欺く意図があったか否かが争点となった。


4.CAFCの判断
争点1:関連出願は 「真の発明者」及び「ダブルパテント」の観点から重要である
 過去の判例によれば、審査官が出願を特許として発行するか否かを決定するにあたり、重要と判断する実質的見込みがある場合、情報は「重要」とされる*3。ここで注意すべきは、たとえ、当該情報が特許を無効とすることができない場合でも、PTOに対し隠していた情報は、重要と判断される場合がある*4

 しかしながら、重複する情報、または、審査官に既に考慮された情報に対して関連性の低い情報等は、重要でない*5。以上の観点に基づきGermain出願が「重要」か否かを判断する。

(1)「真の発明者」要件(米国特許法第102条(f))
 CAFCは、クレームが実質同一であり、かつ、発明者が相違する自社関連出願は米国特許法第102条(f)の観点から重要であると判断した。

 米国特許法第102条(f)は以下のとおり規定している。

第102 条 特許要件;新規性及び特許を受ける権利の喪失
次の各項の1 に該当するときを除き,人は特許を受ける権利を有するものとする。
(f)当該人自身が,特許を得ようとする主題を発明していなかった場合*6


 出願が早い優先日を有するとしても、審査官はどの発明者が現実にアイデアを考え出したかを評価しなければならない*7。Germain出願から特定のクレームが、766特許へコピーされており、しかも両出願の発明者は相違する。これは、766特許に記載された発明者がクレームされた法定主題を発明していなかった可能性があることを示唆している。

 審査官は、異なるL社従業員が同一クレームにて同一法定主題についてそれぞれ最先の発明者を主張していることに気付いた場合、審査官は発明者が誰であるかについて、米国特許法第102条(f)の規定に基づき問題を提起するであろう。

 以上の理由により、CAFCは審査過程におけるGermain出願は重要であると判断した。

(2)ダブルパテント(米国特許法101条)
 CAFCは審査官がダブルパテント(米国特許法第101条)の規定に基づき、暫定拒絶を導くことからGermain出願は重要であると判断した。

 ダブルパテント禁止の根拠規定は、米国特許法第101条である。米国特許法第101条の規定は以下のとおり。

第101 条 特許を受けることができる発明
新規かつ有用な方法,機械,製造物若しくは組成物,又はそれについての新規かつ有用な改良を発明又は発見した者は,本法の定める条件及び要件に従って,それについての特許を取得することができる(may obtain a patent)*8


 審査官は、同一譲渡人L社がなした、Germain出願及び766特許に係る出願に対し、ダブルパテントを理由として暫定拒絶(provisional rejection)を通知する*9こととなる。もっとも、766特許は先願であるため、他の拒絶理由が解消した場合、特許すべく暫定拒絶は取り下げられる。しかしながら、PTOは766特許を、ダブルパテントを理由に暫定拒絶していたに相違ないことから、CAFCは、Germain出願は審査過程において重要と判断した。

(3)関連訴訟の情報
 CAFCは関連出願の情報も提示すべきであり、訴訟情報の開示ミスも「重要」であると判示した。

 M社は766特許が発行されるまでに12の訴訟が提起されたと主張した。これらの訴訟は766特許の親出願に関するものであり、766特許の審査過程においてPTOに訴訟情報を提供すべきであったと述べた。

 過去の判例*10及びMPEP2001.06(c)*11に基づけば、先の関連する訴訟の存在自体は重要な情報であると判示している。L社は事件の存在及び事件の中から重要な情報を開示すべきであり、CAFCは当該訴訟情報の開示ミスは重要であると判断した。

争点2:積極的な虚偽の陳述はなく、欺く意図を推論した地裁の判断は誤りである
 CAFCは、L社がGermain出願及び訴訟情報を提供しなかったことを根拠に、「欺く意図」を推論した地裁の判断を取り消す判決をなした。

 過去の判例によれば、「欺く意図」は、全ての証拠の観点から分析しなければならない。ここで「欺く意図」は、直接証拠により証明される必要はなく、むしろ、一般に譲渡人・発明者等を取り巻く間接的な事実及び状況から推論される*12

 たとえ、開示されていない情報が「比較的重要な情報」であったとしても、特許権者がもっともらしい説明をした場合、不正行為は推論されない*13。L社は、766特許はGermain出願に対し、3年以上も早い優先日を有することから、Germain出願を審査過程において開示しなかったと述べた。

 CAFCは、地裁がPTOに対するGermain出願及び関連訴訟の情報提供ミスに基づき「欺く意図」を推論したが、これは不作為であり、積極的な虚偽の陳述ではないと判断した。また、CAFCは、「譲渡人同一の出願または関連する訴訟の開示ミス」に関しては、過去には不正行為を認めておらず*14、これ以外の開示ミスについてのみ不正行為を認めているにすぎないと述べた。

 CAFCは、以上の理由により、L社発明者に対するヒアリングを行うことなく「欺く意図」を推論した地裁の判断を無効とした。


5.結論
 CAFCは、Germain出願及び訴訟情報の開示ミスは「重要」であるとした点に関しては、地裁の判断を支持したが、「欺く意図」を推論し、不正行為を認めた地裁の判決を無効とした。


6.コメント
 近年、情報開示義務違反に基づく不正行為の抗弁が数多くの事件でなされており、PTOに対する関連公報の提出には慎重を期す必要がある。しかしながら、重要な情報をPTOに対し開示していなかったとしても、不正行為に直接結びつくわけではない。被告側は、「重要性」の立証に加え、特許権者に「欺く意図」があったことを立証する必要がある。

 後者の立証は困難であり、不正行為が認められない場合が多い。特にCAFCは、「譲渡人同一の出願または関連する訴訟の開示ミス」に関しては、過去に不正行為の成立を認めていない。この点に関し、本事件は特別なケースであり、不正行為を認めるべきとProst判事が反対意見を述べている。

 米国特許出願実務では、ある公報または論文等が発見された場合に、本当に「重要」な情報か否かを判断しかねる場合がある。その場合でも、不正行為による権利行使不能のリスクを低減すべく、「念のためPTOに提出しておく」ことが多く、出願コストの増加を招く一因となっている。

 現在、Therasense(現 Abbott Diabetes Care)事件*15において、大法廷*16による審理が行われている。Therasense事件では、対応欧州出願において主張した事項をPTOに提示していなかったことから、不正行為が認定された。

 不正行為が争点となる事件が急増していることに鑑み、何が「重要」であり、どのような場合に「欺く意図」があったか明確化する必要性が高まってきた。大法廷は不正行為を認定したTherasense事件判決を取り消し、ヒアリングを行う決定をなした。大法廷で争点となる事項は以下のとおりである。

1.不正行為における、「重要性」と「欺く意図」のバランス枠組みは修正されるべきか、または、置き換えられるべきか?

2.もしそうとすれば、どのように?特に、基準は「フロード(詐欺)」または「汚れた手(unclean hand)」に直接結びつけるべきか? そうとすれば、何が「フロード(詐欺)」または「汚れた手(unclean hand)」に対する適切な基準か?

3.何が「重要性」に関する適切な基準か?「重要性」を定義する上でどのような役割を、USPTO規則が演じるべきか?
 「重要性」を判断するために、申し立てられた違法行為以外のものが必要ならば、一または複数のクレームは特許されないのか?

4.どのような状況下で「重要性」から「意図」を推論するのが適当か?

5.バランス質疑(「重要性」と「意図」のバランス)は放棄されるべきか?

6.他の連邦機関における状況、または、コモンローにおける、「重要性」と「意図」の基準が、特許における状況に適用される基準に影響を与えるか否か?



判決 2010年5月28日
以上
【関連事項】
【注釈】
*1 Molins PLC v. Textron, Inc. 48 F.3d 1172, 1179-80 (Fed. Cir. 1995), FMC Corp. v. Manitowoc Co., 835 F.2d 1411, 1415 (Fed. Cir. 1987)
*2 継続出願とは親出願の出願日の利益を受けることができる出願をいう(米国特許法第120条)。
*3 PerSeptive Biosystems, Inc. v. Pharmacia Biotech, Inc., 225 F.3d 1315, 1321 (Fed. Cir. 2000); Digital Control, Inc. v. Charles Machine Works, 437 F.3d 1309, 1314 (Fed. Cir. 2006)
*4 Larson Mfg. Co. v. Aluminart Prods. Ltd., 559 F.3d 1317, 1327 (Fed. Cir. 2009)
*5 Larson Mfg. Co. v. Aluminart Prods. Ltd., 559 F.3d 1327 (Fed. Cir. 2009)
*6 米国特許法第102条(f)
A person shall be entitled to a patent unless —
(f) he did not himself invent the subject matter sought to be patented
特許庁HP
http://www.jpo.go.jp/cgi/link.cgi?url=/shiryou/s_sonota/fips/mokuji.htm
*7 Invitrogen Corp. v. Clontech Labs, Inc., 429 F.3d 1052, 1063 (Fed. Cir. 2005)
*8 35 U.S.C. 101 Inventions patentable.
Whoever invents or discovers any new and useful process, machine, manufacture, or composition of matter, or any new and useful improvement thereof, may obtain a patent therefor, subject to the conditions and requirements of this title.
前掲特許庁HP
*9 MPEP804
*10 Nilssen v. Osram Sylvania, Inc., 504 F.3d 1223, 1224 (Fed. Cir. 2007)
*11 MPEP2001.06(c)には、訴訟情報として提供すべき具体的内容として以下を挙げている。
「可能性ある先の公然使用・販売の証拠、発明者に関する質疑、先行技術、詐欺の主張、不正行為、及び、開示義務違反」
*12 Impax Labs., Inc. v. Aventis Pharmaceuticals, Inc., 468 F.3d 1366, 1374-75 (Fed. Cir. 2006); Cargill, Inc. v. Canbra Foods, Ltd., 476 F.3d 1359, 1364 (Fed. Cir. 2007)
*13 Warner-Lambert Co. v. Teva Pharms. USA, Inc., 418 F.3d 1326, 1348 (Fed. Cir. 2005).
*14 Paragon Podiatry Lab, Inc. v. KLM Labs. Inc., 984 F.2d 1182 (Fed. Cir. 1993)
*15 Therasense, Inc. v. Becton., Docket No. 2008-1511 (Fed. Cir. 2010)
*16 en banc:大法廷(オンバンク)。事件の重要性に鑑み、裁判官全員によるヒアリングが行われる。


◆ここに示す判決要約は筆者の私見を示したものであり、情報的なものにすぎず、法律上の助言または意見を含んでいません。ここで述べられている見解は、必ずしもいずれかの法律事務所、特許事務所、代理人または依頼人の意見または意図を示すものではありません。

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