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Bilski最高裁判決を受けた

USPTO内部インストラクション発表される


~方法クレームに対する保護適格性判断~


執筆者 弁理士 河野英仁
2010年8月10日

1.概要
 米国特許商標庁(USPTO)はBilski最高裁判決*1を受け、2010年7月27日、方法クレームに対する保護適格性の判断基準を発表した。Bilski最高裁判決では、ヘッジ取引に関する方法発明は米国特許法第101条の規定に基づき特許されないと判示された*2

 最高裁は過去の判例により、 自然法則、物理的現象、及び、抽象的なアイデア は保護適格性を有さないが、ビジネス方法に関する発明自体は米国特許法による保護対象になると判示した。

 さらに、方法が抽象的なアイデアをクレームしているか否かを判断する基準としてCAFCが示した機械変換テストは有用なツールではあるが、当該テストが唯一の基準ではないと判示した。最高裁は、機械変換テストを唯一の基準として制限することは特許法の制定趣旨及び判例に反し、また、将来発生する新技術を保護すべく、他の判断基準を判示することを否定した。
 CAFCが判示した機械変換テストとは、方法クレームが以下の2条件のいずれかを具備する場合に、米国特許法第101条の要件を満たすとする判断基準である。
(I)クレームされた方法が特別な機械または装置に関係していること、 または
(II)特別な物・もの(article)を異なる状態または物体へ変換していること


方法発明の保護適格性の基準を示す説明図
参考図1 方法発明の保護適格性の基準を示す説明図

 参考図1は、方法発明の保護適格性の基準を示す説明図である。方法が自然法則、物理的現象または抽象的なアイデアをクレームしている場合、米国特許法第101条の規定に従い保護適格性がないとして拒絶される。

 一方、方法クレームが機械変換テストを満たす場合、保護適格性ありと判断される。

 最高裁判決により、「機械変換テストを満たさないものの、抽象的なアイデアでないとして保護適格性を有する発明」が存在する可能性が示唆され、当該方法発明をどのような基準で判断するかが問題となる。

USPTOは以下に詳述する判断要素を列挙し、
(i)方法クレームがある判断要素を具備する場合、保護適格性を有するとの判断を肯定し、
(ii)方法クレームが別の判断要素を具備する場合、抽象的なアイデアであるとして保護適格性を否定することとした。

2.方法クレームが抽象的アイデアか否かを決定する際に考慮すべき判断要素  以下に述べるA~Dの判断要素について方法クレーム全体として判断する。なお、A及びBは機械変換テストに関する判断基準であり、C及びDが機械変換テスト以外の方法発明に対する判断基準である。

A.方法が特定の機械または装置を含んでいるか、または、特定の機械または装置により実行されるか否か。 特定の機械または装置を含みまたは実行される場合、抽象的なアイデアである可能性は低いと判断される。 特定の機械または装置を有さず、また、特定の装置または機械により実行されない場合、抽象的なアイデアである可能性が高いと判断される。

 ここで、機械または装置がクレームに記述されている、または、内在している場合、以下の要素(1)~(3)を考慮する。
(1)機械または装置要素の特殊性または一般性を考慮する。
 すなわち、クレームに記載された機械を具体的に特定できるかの度合いを考慮すべきである(ありとあらゆる機械ではない)。特定機械または装置が、クレームされたステップへ結合されている場合、保護適格性を有するとの判断が肯定化される。
(2)機械または装置によって、方法のステップが実行されるか否かを考慮する。
 方法のパフォーマンスを達成すべく機械または装置の使用が必須である場合、保護適格性を有するとの判断が肯定化される。
 一方、機械または装置が単に方法を実行する上での目的物にすぎない場合、保護適格性を有するとの判断は否定されることとなる。
(3)機械または装置の関与が、余分な解決動作(extra-solution activity)または使用分野(field of use)であるか否かを考慮する。
 すなわち、機械または装置が、クレームされた方法の実行にあたり意味のある限定を加えているかの程度を考慮する。クレームされた方法の実行に対して単に名目的または意味なく機械または装置を使用するにすぎない場合、保護適格性を有するとの判断は否定される。
 例えば、発明の構成要件の内、発明のポイントでないデータ収集ステップにおいて機械または装置を意味なく使用する場合、または、「ある装置に使用する」等の記載により、単に名目的に使用分野を限定した場合である。

B.クレームされた方法の実行により、特定の物(article)に対する変換がもたらされるか、または生じるか否か?
変換を生じる場合、抽象的なアイデアである可能性が低いと判断される。
変換を生じない場合、抽象的なアイデアである可能性が高いと判断される。

変換が生じた場合、以下の要素を考慮する。
(1) 変換の特殊性または一般性を考慮する。
 より特殊な変換ほど保護適格性を有するとの判断が肯定化される。
(2) 言及された「物」の特殊性を考慮すべきである。  すなわち、特別に「物」を特定できるか否かを考慮する(ありとあらゆる物ではない)。一般的に言及された「物」に対する変換である場合、保護適格性を有するとの判断は否定されることとなる。
(3)状態・物の変化の種類または範囲に鑑み変換の性質を考慮すべきである。
 例えば異なる機能・効用を有する場合、保護適格性を有するとの判断が肯定化される。
 これに対し、単に異なる配置とするにすぎない場合、保護適格性を有するとの判断は否定される。
(4)変換される物の性質を考慮すべきである。
 すなわち、物の性質が物体(object)または物質(substance)である場合、保護適格性を有するとの判断が肯定化される。
 一方、その性質が、契約上の義務または心理的な判断等の概念である場合、保護適格性を有するとの判断は否定される。
(5)変換の関与が、余分な解決動作(extra-solution activity)または使用分野(field of use)であるか否かを考慮する。
 すなわち、変換がクレームされた方法の実行に対し意味のある限定を加えている程度考慮すべきである。
 クレームされた方法の実行に対して単に名目的または意味なく寄与するにすぎない変換である場合、保護適格性を有するとの判断は否定される。例えば、変換の関与が、発明の構成要件の内、発明のポイントでないデータ収集ステップにおける場合、または、変換の関与が使用分野の限定にすぎない場合である。

C.特別な機械・装置または変換が存在しない場合において、クレームされた方法のパフォーマンスが、自然法則の適用を伴うか否か?
自然法則の適用を伴う場合、抽象的なアイデアである可能性は低いと判断される。
自然法則の適用を伴わない場合、抽象的なアイデアである可能性が高いと判断される。
自然法則の適用が存在する場合、以下の要素を考慮する。
(1) 自然法則の適用の特殊性または一般性を考慮する。多事業分野にわたる汎用性を持つ自然法則の適用が存在する場合、保護適格性を有するとの判断は否定される。
 例えば、クレームが自然力を独占するまたは科学的真理を権利要求するよう、普遍的に自然法則効果に言及している場合、または、当該効果を達成する各形態をクレームしている場合である。(例「ある距離を置いて信号を送信するための電磁気力の使用」をクレームする場合)
(2)クレームされた方法が単に本質的判断を要する自然法則の適用を言及しているか否かを考慮する(例えば、自然法則についての考え方)。
 「自然法則の考慮」、または、「自然法則への対応」方法に係る自然法則の適用にすぎない場合、保護適格性を有するとの判断は否定される。
(3)自然法則の関与が余分な解決動作(extra-solution activity)または使用分野(field of use)であるか否かを考慮する。
 すなわち、当該適用がクレームされた方法のステップの実行に対し意味のある限定を加えている程度を考慮する。
 クレームされた方法の実行に対して単に名目的または意味なく寄与するにすぎない自然法則の適用である場合、保護適格性を有するとの判断は否定される。例えば、適用の関与が、発明の構成要件の内、発明のポイントでないデータ収集ステップにおける場合、または、適用の関与が使用分野の限定にすぎない場合である。

D.一般的な「概念(concept)」(原則、理論、計画またはスキーム等)が、方法の各ステップを実行する際に含まれているか否かを考慮する。
 一般的な概念が存在する場合、当該クレームは抽象的なアイデアと判断される契機となる。
一般的な概念が存在する場合、以下の要素を考慮する。
(1)方法において表現されている概念の使用範囲が、他分野において当該概念の使用を先取り(preempt)しているか否かを考慮する。すなわち、当該クレームが事実上概念を支配し独占を認めることになるか否かを考慮する。
(2)クレームの抽象度、公知・非公知の当該概念の使用を一掃(sweep)するかの程度を考慮する。また当該クレームが、既存または将来開発される機械によって、または、如何なる装置をも用いることなく実行されるかの程度を考慮する。
(3)クレームが特定の問題に対する全ての可能性ある解法を事実上カバーする範囲を考慮する。
(4)概念が実体のないものであるか否かを判断する。また概念が例示化されているか否かを判断する。  すなわち、何らかの実現可能な方法で実行されるか否かを考慮する。  注意:抽象的なアイデアをある分野に限定し、あるいは、名目上「解法後の要素(post solution component)」を付加したとしても、当該概念が保護適格性を有するものではないことに注意すべきである。概念が十分に例示化されている場合、保護適格性を有するとの判断が肯定化される。
(5)方法のステップが実行されるメカニズムを考慮すべきである。  例えばプロセスのパフォーマンスが、主観的でなく・感知不能でなく、観測でき、かつ、検証できるものか否かを考慮する。ステップが観測でき、かつ、検証できる場合、保護適格性を有するとの判断が肯定化される。
(6)一般的な概念の例は以下のとおりであるが、これに限るものではない。 •基本的な経済プラクティス、経済理論(例えばヘッジング、保険、金融取引、マーケティング)
(i) 基本的法理論(例えば、契約、紛争解決、法規則)
(ii)数学上の概念(例えば、アルゴリズム、空間的関係、幾何学)
(iii)心理的活動(判断形成、所見、評価、または意見)
(iv)個人間のふれあい・関係(例えば、交際、デート)
(v)指導概念(例えば、暗記、復唱)
(vi) 人間活動(例えば、運動、服の着方、規則または指示に従うこと)
(vii)Biski事件の如く、どのようにビジネスを実行するかの指示

3.特許適格性の判断
(1)審査官の対応 審査官は以上述べた各判断要素を用いて
(i)方法が「一般的概念」・「概念の組み合わせ」をカバーすることにより抽象的なアイデアをクレームしているか否か、または、
(ii)方法が、概念の特定の実用的応用に限定しているか否か を決定する。

 審査官は、ある一つの判断要素が存在、または、存在しないことをもって保護適格性を有しないと判断すべきではなく、他の判断要素をも考慮し、クレーム全体として判断する。

 審査官は、上述した判断要素により、方法クレームが単に抽象的なアイデアをカバーするものではないと判断した場合、当該クレームは米国特許法第101条による保護適格性を有し、
重複特許(米国特許法第101条)、
新規性(米国特許法第102条)、
非自明性(米国特許法第103条)、及び
記載要件(米国特許法第112条)等の他の要件を判断する。

 審査官は、上述した判断要素により方法クレームが抽象的なアイデアをカバーすると判断した場合、米国特許法第101条の規定に基づき、クレームを拒絶すると共に、審査官が一応の非保護適格性を確立すべく、抽象的なアイデアがクレームされているという当該決定をサポートする論理的根拠を提示しなければならない。
 審査官による結論は全体として証拠に基づかなければならず、拒絶または登録を認める際、審査官は当該決定の根拠となる判断要素を指摘しなければならない。

(2)出願人の対応
 抽象的なアイデアをクレームしていることを理由に、米国特許法第101条の規定により拒絶された場合、出願人は、クレームされた方法が抽象的なアイデアでないとの反論機会を有する。
 ここで、出願人が、クレームが抽象的なアイデアを記載しているという審査官の決定が誤りであると反論する場合、当該分析に使用された判断要素を特定して反論することができる。

4.コメント
 今回発表された内部インストラクションはあくまで方法クレームに対して適用されるものであり、装置クレーム・記録媒体クレームに対しては、2009年8月24日付けで発表された内部インストラクションが引き続き適用される*3

 方法クレームについて米国特許法第101条の規定に基づき保護適格性を有しないとの拒絶理由を受けた場合、本内部インストラクションに従い反論を行う必要がある。

 日本国特許庁へ出願する際は、日本国特許実用新案審査基準*4に従い方法の請求項を記載する。ソフトウェア関連発明及びビジネス関連発明については、要件
「ソフトウェアによる情報処理が、ハードウェア資源を用いて具体的に実現されていること*5」 を満たすよう記載する。当該基準を満たしていれば、米国における機械変換テストをも満たすものと考えられる。実務上は、日本の審査基準に合致する方法クレームを記載すれば、米国特許法第101条の規定に基づく拒絶理由を受ける可能性を低減できる。

 USPTOは内部インストラクションに対するパブリックコメントを、2010年9月27日の期限をもって募集している。USPTOはユーザに以下の質疑を投げかけている。
1.機械変換テストを満たさないが、抽象的なアイデアを記載していないが故に保護適格性を有するクレームの例としてどのようなものが存在するか?

2.機械変換テストを満たすにもかかわらず、抽象的なアイデアを記載しているが故に保護適格性を有さないクレームの例としてどのようなものが存在するか?

3. Bilski最高裁判決では、「ビジネス実施方法の指示をクレームする特許出願のなかでも狭義のカテゴリー・分類を定義している」可能性があるのではないかと示唆している。その理由として「カテゴリー自体が『抽象的アイデアを特許しようとする試み』であるため特許できないから」と挙げている。 このカテゴリーというものは存在するのか?もし存在するのであれば、そのカテゴリーなるもの自体がどうして「抽象的アイデアを特許しようとする試み」を表すことになるのか?

判決 2010年7月27日
                                               以上
【関連事項】
内部インストラクションはUSPTOのホームページから閲覧することができる [PDFファイル]。
http://www.uspto.gov/patents/law/exam/bilski_guidance_27jul2010.pdf.

【注釈】
*1 判決の全文は最高裁判所のホームページから閲覧することができる[PDFファイル]。
http://www.supremecourt.gov/opinions/09pdf/08-964.pdf
*2 Bilski最高裁判決の概要については、拙稿「知財ぷりずむ 米国特許判例紹介(第37回)Bilski最高裁判決 ~ビジネス方法発明の特許性~」2010年8月号を参照されたい。     http://www.knpt.com/contents/cafc/2010.07/2010.07.html
 
*3 2009年8月24日付け発表の内部インストラクションについては、「コンピュータ・ソフトウェア関連およびビジネス分野等における保護の在り方に関する調査研究報告書」社団法人 日本国際知的財産保護協会(2010年3月)P136-P146を参照されたい。      http://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/chousa/pdf/zaisanken_kouhyou/h21_report_01.pdf

*4 特許実用新案審査基準第VII部第1章「コンピュータ・ソフトウェア関連発明」
*5 「ソフトウェアによる情報処理がハードウェア資源を用いて具体的に実現されている」とは、ソフトウェアがコンピュータに読み込まれることにより、ソフトウェアとハードウェア資源とが協働した具体的手段によって、使用目的に応じた情報の演算又は加工を実現することにより、使用目的に応じた特有の情報処理装置(機械)又はその動作方法が構築されることをいう。
 そして、上記使用目的に応じた特有の情報処理装置(機械)又はその動作方法は「自然法則を利用した技術的思想の創作」ということができるから、「ソフトウェアによる情報処理が、ハードウェア資源を用いて具体的に実現されている」場合には、当該ソフトウェアは「自然法則を利用した技術的思想の創作」である。特許実用新案審査基準第VII部第1章「コンピュータ・ソフトウェア関連発明」P11-P12 1.

◆ここに示す判決要約は筆者の私見を示したものであり、情報的なものにすぎず、法律上の助言または意見を含んでいません。ここで述べられている見解は、必ずしもいずれかの法律事務所、特許事務所、代理人または依頼人の意見または意図を示すものではありません。

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