特許を取得するための要件の一つに、「特許請求の範囲の『発明』が明細書の『発明の詳細な説明』に記載したものであること」(「クレーム発明」の範囲は、明細書によってサポートされていなければならない)があります(特許法第36条第6項第1号:いわゆる「サポート要件」)。このサポート要件の充足について近年裁判で争われることが多く、必要な実験データを挙げ、サポート要件が充足された明細書を書くことが課題となっています。以下、サポート要件の判断の変遷と出願時の対応について説明いたします。
1.知財高裁平成17年(行ケ)第10042号特許取消決定取消請求事件
(偏光フィルム事件)
(1)本件のクレーム発明は数式(直線で表される式)で限定していますが、発明の詳細な説明には実施例2点、比較例(発明の内容を満たさない実験例)2点が挙げられているのみでした。この4点から本件の数式を導くのは無理があります。特許庁は、サポート要件違反として、本件の特許を取り消す決定を行い、出願人はこの決定を取り消す訴訟を起こしました。
(2)裁判所は、クレーム発明が「発明の詳細な説明」の記載により当業者がこの発明の課題を解決できると認識できる範囲内にあるか否かを検討して、サポート要件の充足を判断すべきであり、本件の場合、上述の数式が示す範囲内であれば所望の効果(性能)が得られると当業者が認識できるだけの具体例を開示してないので、サポート要件を満たさず、特許庁の決定を取り消す理由はないとしました。以後、特許庁は実験データが少ない場合、サポート要件違反として拒絶することが多くなりました。
2.知財高裁平成21年(行ケ)第10033号審決取消請求事件
(1)本件のクレーム発明は医薬用途発明です。特許庁は審判で、サポート要件を充足するためには,発明の詳細な説明において,薬理データ又はそれと同視すべき程度の記載がされて,その用途の有用性が裏付けられていることが必要であるが、本件にはその記載がないとして、本件の出願を拒絶する審決を行いました。出願人はこの審決を取り消す訴訟を起こしました。
(2)裁判所は、クレーム発明が「発明の詳細な説明」に記載された技術的事項の範囲内にあるか否かを判断するためには,必要かつ合目的的な解釈手法で行えばよく,「発明の詳細な説明」において実施例等で記載・開示された技術的事項を形式的に理解すればよいとし、薬理データがないことのみを理由にサポート要件を満たさないとした特許庁の判断に理由不備があるとして、特許庁の審決を取り消す判決を行いました。つまり、実験データが少なくてもサポート要件違反とされない可能性が生じました。
3.出願時の対応
以上の判例より、発明者が用意でき、当業者がクレーム発明の効果が得られると納得できる程度の数の実験データを記載すればよいと思います。そして、実験データに基づいて、クレーム発明の範囲であれば、所望の効果が得られるという説明をする必要があると思います。また、「数値範囲自体が特徴でない発明において、数値範囲の意義は具体的な測定結果に基づいて裏付けられている必要はない」という判例(平成20年(行ケ)第104848号審決取消請求事件)もありますので、数値範囲による限定のみでなく、特徴的な構成により限定することも検討すべきです。数値範囲のみで限定する場合、数値範囲全般に亘る実験データを用意することは困難ですが、少なくとも数値範囲の境界付近に入っている実施例のデータは必要と思います。
■ 以上ですが、出願時に用意する資料等については河野特許事務所にご相談下さい。
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