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2016.5.2 新井 景親
特許権侵害は、原則的に、特許請求の範囲に記載された構成要件を全て満たした場合に認められます。しかし、構成要件を厳格に解釈した結果、特許権者の権利が不当に制限される場合を考慮し、例外的に、特許請求の範囲に記載された発明と実質的に同一な範囲(均等)まで特許権侵害が認められることがあります。2016年3月25日に、知的財産高等裁判所(知財高裁)は、特許発明に係るマキサカルシトール(角質を柔らかくする効果のある成分)の製法について、被告製法が特許発明と均等であると判断し、特許権侵害を認めました(平成27年(ネ)第10014号)。
1.非本質的部分
均等の認定には、最高裁が判示した5要件を全て満たす必要がありますが、ここでは、5要件の中の一つの要件(特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分が特許発明の非本質的部分であることを満たすこと)について、本件に対する知財高裁の判断を説明します。
2.知財高裁の判断
本件においては、特許発明の出発物質及び中間体におけるビタミンD構造はシス体であるのに対し、被告製法のビタミンD構造はトランス体である点が異なりました。
判決は、特許発明の本質的部分は、特許請求の範囲の記載のうち、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分であるとし、従来技術と比較して特許発明の貢献の程度が大きいと評価される場合には、特許請求の範囲の記載の一部について、これを上位概念化したものとして認定されるとしました。
その上で、出願当時、マキサカルシトールの工業的な生産方法が一般に求められている中、特許発明によって、マキサカルシトールの大量合成が簡易な操作で実現できたことから、その貢献の程度は大きいと判断しています。また特許請求の範囲の記載によれば、ビタミンD構造に保護基を付加することが許容され、付加した保護基によっては、シス体及びトランス体の区別がなくなったビタミンD構造をも含むとし、ビタミンD構造を上位概念化して、特許発明の本質的部分は、ビタミンD構造の20位アルコール化合物を塩基の存在下で,末端に脱離基を有するエポキシ炭化水素化合物と反応させることにより、一工程でエーテル結合によりエポキシ基を有する側鎖を導入し、この側鎖が導入されたビタミンD構造という中間体を経由して、エポキシ基を開環するという新たな経路により、ビタミンD構造の20位アルコール化合物にマキサカルシトールの側鎖を導入することを可能とした点にあるとしました。
そして、出発物質のビタミンD構造がシス体又はトランス体のいずれであっても、上述した経路でマキサカルシトールの側鎖を導入することができるということに変わりはなく、出発物質等のビタミンD構造がシス体であることは、非本質的部分であると認定し、第1要件を満たすと判断しました。更に均等の他の要件も充足すると判断し、被告製法は本件特許発明と均等であり、被告製法の実施は本件特許権を侵害すると結論づけました。
3.考察
本件特許発明は製法であることから、その本質は「物」ではなく、「工程(経路)」にあると考えられます。「物」は「工程」を実現する道具に過ぎないと考えれば、「物」である「シス体のビタミンD構造」を上位概念化し、「ビタミンD構造」としても、「工程」が同じなら特許発明の本質は変わらないため、上位概念化が許容されると理解できます。一方で第三者不利益を考慮し、「従来技術と比較した貢献の程度」が大きい場合に限って、判決は上位概念化を認めていると考えられます。
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