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特許(明細書)の実施例は、慎重に記載するべし

~第一に思いつくはずの実施例が記載されていない
として非侵害の認定~

2022.1.5 弁理士 山田 浩忠

1.事件の経緯
 給油装置の特許権(特許第4520670号)の侵害訴訟「東京地裁:平成29年(ワ)第29228号」で原告(特許権者)の主張が一部認められ、被告に対し製品の販売等の差止め及び損害賠償請求が命じられました。これに対し両者が敗訴部分を不服とし控訴しました。

2.知財高裁の判決[令和2年(ネ)第10044号]
 原告の特許発明は、例えばプリペイドカードによるセルフ式ガソリンスタンドの給油装置に関し、代金支払いの際の先引落しと後清算との組み合わせを用いたものです。先引落しは、「流体の供給開始前に記憶媒体(プリペイドカード)の金額データが示す金額以下の金額を入金データとして取込」と請求項に記載されています。先引落し「金額」の設定方法は請求項に記載されておらず、明細書にて、カード残高の全額又は予め決められた設定金額(事前設定金額)と記載されています。被告製品も先引落しと後清算との組み合わせを採用していますが、先引落し「金額」は、顧客が利用に際して指定する給油予定量に対応した給油予定金額です。給油量が給油予定金額に満たない場合は返金(後清算)されます。この「金額」の解釈が争点となり、原告は請求項では金額設定に限定がなく、顧客が指定する場合も含まれると主張し、被告は顧客が都度指定するため含まれないと主張しました。知財高裁は、特許発明の「金額」は給油代金の担保に相当し、被告製品の「金額」は給油代金そのものであり個々の給油の際に指定し都度変動するから、事前設定金額の定義には当てはまらず、特許発明と被告製品とで先引落し「金額」は異なるとし、非侵害と判断しました。「担保」に相当するとした点について、知財高裁は、まず第一に思いついてよいはずの「顧客が指定した金額」が実施例に記載されず、給油所運営者側の都合で設定される「カード残高の全額」又は「予め決められた設定金額」のみが実施例に記載されていることを理由にしています。

3.考察
 請求項に記載された用語は、明細書(実施例)の記載に基づき解釈され(特許法70条2項)、特許請求の範囲の記載の文言が一義的に明確であるか否かを問わず、発明の詳細な説明等の記載を考慮して特許請求の範囲の解釈を行うべきとされています(知財高裁:平成18年(ネ)第10007号)。70条2項の趣旨により「記憶媒体の金額データが示す金額以下の金額」が上記のように解釈されましたが、「顧客が指定した金額」を、通常であれば第一に思いついてよいはずの実施例とする知財高裁の認定は、原告及び被告の主張を超え、恣意的とも思われ、これの記載の有無を理由に先引落し「金額」を担保又は給油代金に分類し、特許発明と被告製品との先引落し「金額」は異なるとした判断には、疑問が残ります。

 上記判決を鑑み、請求項に記載された用語に関し、従来技術も含め、考えられる事項を可能な限り明細書に記載することが、権利範囲を広いものとする観点から重要であることを思い知らされます。本件において、もし「顧客が指定した金額」が実施例に記載されていたなら知財高裁の判断は異なったと思われます。

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