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2023.11.1 弁理士 野口 富弘
1.事案の概要
名称を「吹矢の矢」とする特許発明についての特許権(特許第4910074号)を有する原告が、被告が製造等する被告製品が本件特許権を侵害するとして差止請求等を求めた事案で、東京地裁は、本件特許権の侵害を認めたところ、原判決を不服として、控訴人(原審被告)が控訴した事案です(令和3年(ネ)第10049号)。
2.本件特許発明
本件特許発明は、「長手方向断面が楕円形である先端部と該先端部から後方に延びる円柱部とからなるピンと、円錐形に巻かれ、先端部に前記ピンの円柱部すべてが差し込まれ固着されたフィルムとからなる吹矢に使用する矢」という構成を備え、矢を的から外すときにピンだけ的に残ってフィルムだけ引き抜かれてしまうという課題(「ピン抜けの課題」ともいう)を解決するものです。
3.主な争点
被告製品のピンが、長手方向断面が「楕円形」である先端部を有しているか。
4.知財高裁の判断
(1)知財高裁は、被告製品のピンの先端部は、本件特許発明の構成要件の「楕円形」に含まれないから、文言解釈上、被告製品は本件特許権を侵害しないと判断しました。さらに、文言上、構成要件を備えていなくても、実質的に特許発明を模倣しているとして均等論による侵害(均等侵害)が認められる要件として最高裁が判示した5つの要件のうちの第1要件(特許請求の範囲に記載された構成中に被告製品等と異なる部分が存する場合であっても、当該部分が特許発明の本質的部分でないこと)を充足しないから、均等侵害も成立しないとして、被告製品は本件特許権を侵害しないと判断しました。
(2)知財高裁は、前述の「異なる部分」として、本件特許発明では「楕円形」であるのに対して、被告製品では、「長手方向断面が、前部が曲率の緩い曲線形状、後部が略円錐形となるように円弧を描く形状」であると認定し、特許発明における本質的部分とは、当該特許発明の特許請求の範囲の記載のうち、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分であると解すべきであるとした上で、特許発明の本質的部分は、特許請求の範囲及び明細書の記載、特に明細書記載の従来技術との比較から認定されるべきであり、明細書の記載が不十分な場合には、明細書に記載されていない従来技術も参酌して認定されるべきであると判断しました。
そして、本件特許発明は、少なくともピン抜けの課題の解決方法として、「長手方向断面が楕円形である先端部」という構成を採用したものと解され、「長手方向断面が楕円形」という形状を曲率に差のある形状に変更した場合、ピン抜けの課題の解決に支障を生じ得るともいえるとして、「長手方向断面が楕円形」という先端部の形状の特定は、本件特許発明の本質的部分に含まれるから、被告製品は、第1要件を充足しないと判断しました。
5.明細書の記載について
本件明細書には、「楕円形」の意味について説明する記載等がありません。このため、知財高裁は、「楕円形」の語は、幾何学上の楕円の形状及びそれに近い形をいうものであると認定しました。仮に、明細書に「楕円形」として、両端で曲率が異なる形状も含む等の記載があれば、文言解釈により特許権の侵害が認められた可能性があったのではないかと考えられます。
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