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数値パラメータを含む発明の実施可能要件

〜数値パラメータ間の相関関係〜


2024.5.1 弁理士 野口 富弘

1.事案の概要
 名称を「防眩フィルム」とする特許発明(特許第6745410号)について特許異議の申し立てがされ、特許庁(被告)の特許を取り消すとの決定に対して、原告が本件決定の取り消しを求める訴訟を提起した事案です(令和4年(行ケ)第10109号)。

2.本件特許発明
 本件特許の特許請求の範囲の記載は、「ヘイズ値が50%以上99%以下の範囲の値であり、平均粒径が0.5μm以上5.0μm以下の範囲に設定された複数の微粒子を含む防眩層を備え、前記防眩層には、前記複数の微粒子の凝集が分散しており、分散した前記複数の微粒子の凝集により、…前記有機ELディスプレイの輝度分布の標準偏差が0以上6以下の範囲の値であり、且つ、光学櫛幅0.5mmの透過像鮮明度が0%以上60%以下の範囲の値である、防眩フィルム」です。(注:下線を本件3条件と称します)

3.取消理由

 本件3条件の数値範囲をくまなく満たす種々の防眩フィルムを、どのように製造すればよいのかを当業者が理解することは困難である。例えば、99%の高ヘイズ及び60%の高鮮明度を示す防眩フィルムを得るためには相当の試行錯誤が必要であり、特許法36条4項1号所定の実施可能要件違反がある。

4.知財高裁の判断
(1)知財高裁は、本件明細書には「防眩層の凹凸の傾斜を高くして凹凸を急峻化するとともに凹凸の数を増やすことで、ディスプレイのギラツキを抑制しながら防眩性を向上させることができる」という本件特許発明に係る特性を導く上で主要な構造となる凹凸の急峻性を生み出す原理、及びその具体的方法、原材料から製造の工程に係る記載があり、当業者は、微粒子の凝集を用いて急峻な凹凸を形成する場合には、通常の試行錯誤の範囲内で、その実施品を作ることができる、と判断しました。
(2)そして、知財高裁は、本件特許発明は、防眩性、ギラツキの抑制、高い透過像鮮明度の設計自由度という本件3条件の均衡を目的とするものであり、ヘイズ値と透過像鮮明度の間には一定の相関関係はあるものの、強い相関性まで認められるものではなく、透過像鮮明度は、製造条件などで調整が可能であって設計自由度があり、またヘイズ値はギラツキの抑制や高い透過像鮮明度という他の条件との関係で、上記数値範囲内で変動してもよいものであるから、高ヘイズ・高鮮明度の製造方法が具体的に記載されていなければ、本件特許発明が実施可能要件を欠くということはできない、として本件決定を取り消しました。

5.実施可能要件について
 発明の詳細な説明の記載が実施可能要件を充足するためには、当該発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識に基づいて、当業者が過度の試行錯誤を要することなく、特許発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分な記載があることを要します。
 本事案のように、数値パラメータの間の相関関係によっては、数値範囲をくまなく満たす種々の防眩フィルムの製造方法が具体的に記載されていなくても、本件特許発明に係る特性を導くための原理、具体的方法、原材料から製造の工程に係る記載があれば、実施可能要件を充足すると考えられます。

◆  発明に関するご相談は河野特許事務所までお気軽にお問い合わせください。

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