A実務上の問題点及び注意点
 以下、実務的観点から上記問題点に対処するための注意点を具体例を挙げて 説明する。
 例1:発明が適用される業務範囲をクレーム内で限定している場合
 クレームが「A,B,Cを有する事務処理システム。」であるとき、”A, B,Cを有する生産管理システム”のイ号が権利範囲に含まれるか、という問題 がある。イ号実施者は、当然ながら、クレームの技術的範囲にイ号は含まれない 、と主張するであろうし、現に文理解釈論を適用すれば、生産管理システムはク レームの技術的範囲外になるであろう。
 均等論が適用される為には、文理解釈では特許発明の保護が十分に得られな いこと、更に、事務管理システムと生産管理システムとの間に置換可能性および 置換自明性があ必要である。置換可能性は、特許発明の目的及び作用効果の同一 性から判断されるので、特許発明の目的や作用効果を余程広く記載していなけれ ば、これらが同一であることを証明することは困難であるように思われる。
 従って、業務範囲を特定しなくても記載不備の問題が生じない場合には、業 務範囲を限定するような記載は避けるべきであろう。また、問題が生じるようで あれば改善多項制を活用し、想定される業務範囲を網羅することが勧められる。
 例2:クレームが「おいて」形式で想定されている場合
 クレームが「A,B,Cを備える処理システムにおいて、AがA′、BがB ′である処理システム。」と規定され、クレームの解釈に均等論が適用されると き、均等論は全てのクレーム要素A′、B′、Cに公平に適用されるのか、また は特徴要素のA′、B′だけに適用されるのか、あるいは公知要素のCだけに適 用されるのか、という問題である。この問題はソフトウエア関連発明に特有の問 題ではないが、均等論を考えるうえで検討をしておくことも必要と考えられるの で、以下に言及する。
 均等論は全クレーム要素に機械的に平等に適用されるとは限らない。つまり 、特許発明の本質的特徴を欠く場合には、均等を否定する判決が多く出されてい る。たとえば、大阪地昭51.8.20(無体集8巻2号334頁)(スパイラル紙管製造 機事件)では、「特許発明の本質的特徴については、クレームに記載の構成要件 と異なる構成による代替、組み替えは、たとえ、作用効果において等価値の構成 、あるいは設計上の微差といいうる構成で、しかもこれによる代替、組み替えが 出願時当業者に予測可能であったとしても、当該特許発明の本質を変更すること に帰する。したがって、右置換を前提とする特許権の保護を求める主張は許され ないと解すべきである。」と判示している。
 また、均等を認めた原木皮はぎ機事件(旭川地昭63.3.24,昭55(ワ)61号) では、A,B,Cの公知事項の結合よりなる考案と、A,B′,Cの結合よりな るイ号装置との間において、BとB′(シリンダー機構とクランク機構)とは、 ……目的と効果とが同一であり、置換容易で、均等である……」としている。判 決中では、公知要素と本質的要素における均等判断の違いについて言及していな いが、結果として、公知の構成要素に対しての均等を認めている。
 日本では実務的に、「おいて」形式でクレームが規定される場合が少なくな い。この記載形式はいわゆるジェプソン型クレームに対応するもので、「おいて 」より前段部分に公知部分、後段部分に特徴部分を記載する場合が多い。とはい っても、そのように記載したことを理由に特許庁が前段部分を公知であると解釈 するとは定められていない。
 しかし、権利解釈の場では、前段部分が公知であるという抗弁の余地をイ号 実施者に与える可能性がある。もし、クレーム要素が特徴部分か公知部分かによ り均等論適用に差異が生じ、クレームを「おいて」形式で記載することにより公 知部分が浮き彫りになる可能性を否定できないのであれば、公知でない部分を前 段部分に入れておかないこと、あるいはジェプソン型クレームを想起させるよう な「おいて」形式を避けること等の注意が必要であろう。
 また、慣例的に、クレーム末尾に「……を特徴とする……」と記載する場合 が多いが、この場合、特徴部分を明示しているイ号実施者に主張される可能性が あるので、同様の注意が必要であろう。
 例3:ハードウエアで規定されたクレームがソフトウエアをカバーするか
 「A回路、B部、C装置を有する処理システム。」のように要素がハードウ エアで構成されたクレームが、A,B,Cの機能をソフトウエアで実現したイ号 をカバーできるか、という問題である。この問題は「……手段」の解釈(2.1.1 参照)で詳細に説明されているが、実施例の開示内容を考慮する必要がある。
 写真植字機事件(東京地平元.2.27)では、ソフトウエアを含むと解釈され るような判決が出されている。しかし、前述したように、クレーム文言の抽象性 、保護の必要性により適用されるべき解釈論(文理解釈論、縮小解釈論、拡張解 釈論)が異なるので、一概にはいえない。必ずソフトウエアを含むと考えるのは 危険である。現時点では、明確な判断を示す判決は見つかっていない。

2.2 記録媒体特許の問題点

 新運用指針において、大きな注目を集めたものとして、いわゆる「媒体特許 」の容認が挙げられる。
 この「媒体特許」とは、上記の新運用指針において、クレームに、「プログ ラムまたは構造を有するデータを記録した機械読み取り可能な記録媒体」のカテ ゴリで記載することを認めたことにより、プログラムまたは構造を有するデータ を記録した記録媒体を直接特許の対象として、保護の対象とすることができるよ うになったことにより発生する特許権をいう。
 これは、まだ運用が開始されたばかりであって、今後に発生する特許権であ るため、その問題点の全容は明らかではない。しかし、我々実務家としては、問 題点をある程度先取りをし、それに対する対応策を考えておく必要がある。
 以下に、媒体クレームに関する問題点を含んでいると思われる具体的な事例 を想定し、それについて説明する。

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