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KSR最高裁判決後自明性の判断は変わったか?(7)

~常識と長期間未解決であった必要性~

Perfect Web Inc.,
Plaintiffs- Appellant,
v.
InfoUSA Inc.,
Defendant- Appellee.

執筆者 弁理士 河野英仁
2010年1月8日

1.概要
 KSR最高裁判決*1においては、TSMテスト*2を前提とする厳格ルールから、常識(common sense)を含め技術分野において公知の事項及び先行特許で言及されたあらゆる必要性または問題もが、組み合わせのための根拠となるフレキシブルアプローチへと自明性の判断が変更された。

 KSR最高裁判決で、最高裁は厳格なTSMテストを否定する際に、
「常識」は先行技術を組み合わせ、または、改変して特許発明に想到するための要素となる」と判示した。

 本事件では、電子メールの配信管理方法の自明性が争われた。クレームはステップA~Dから構成されている。ステップA~Cは先行技術に開示され、ステップA~Cを繰り返すステップDは先行技術に開示されていなかった。

 CAFCは、繰り返しに過ぎないステップDは「常識」に過ぎず、またLong-Felt Need(長期間未解決であった必要性)も存在しないことから、自明であると結論づけた。


2.背景
 Perfect Web(以下、原告という)はU.S. Patent No. 6,631,400(以下、400特許という) の所有者である。400特許は、目的とする消費者グループに対し大量の電子メールを配信する際の管理方法をクレームしている。400特許は電子メールシステムの熾烈な開発段階にある2000年4月13日に特許出願され、2003年10月7日に特許が成立した。

大量電子メール配信システムを示す説明図
参考図1 大量電子メール配信システムを示す説明図

 参考図1は大量電子メール配信システムを示す説明図である。大量電子メールサーバ4はマーケティング担当者6の依頼を受け、大量の電子メールを受信者8,9,10に配信する。サーバ4は、配信メール中、配信に成功したメール数と、所定数量とを比較する。そして、配信メール数が所定数量に達しなかった場合、配信メール数が所定数量に達するまで、受信者のマッチング処理、配信処理及び計数処理を繰り返し実行する。

 原告はInfoUSA(以下、被告という)が400特許クレーム1を侵害するとして、フロリダ州連邦地方裁判所へ提訴した。

 問題となった400特許のクレーム1*3は以下のとおりである。
1.大量電子メール配信管理方法であり以下のステップを含む、
(A)目標受信者プロフィルを目標受信者グループとマッチングさせ、
(B)前記マッチングしたグループ内の目標受信者へ、一組の大量電子メールを送信し、
(C)前記一組の大量電子メールの内、前記目標受信者により首尾良く受信されたメール数を計算し、
(D)前記計算された数が、首尾良く受信されたメールの所定最小数を超えない場合、前記計算された数が前記所定最小数を超えるまで、前記(A)~(C)のステップを繰り返す。


 クレーム1の内、ステップA、B及びCは先行技術に開示されている。ステップA~Cを繰り返すステップDは先行技術に開示されていない。地裁は、ステップA~Cの処理を繰り返すことは常識であり自明であると判断した*4。原告はこれを不服として控訴した。


3.CAFCでの争点
争点1:「常識」がステップDを教示しているか否か?
 ステップDに対応する事項は先行技術中に全く記載されていない。KSR最高裁判決後、「常識」をどのように用いて、自明と判断するのかが問題となった。

争点2:長期間未解決であった必要性が存在するか否か?
 「発明が長らく切実に感じられていたこと」、及び、「特許出願時に満たされていなかったニーズ」を立証した場合、非自明と判断される。問題となったクレーム1に「長期間未解決であった必要性」が存在するか否かが争点となった。


4.CAFCの判断
争点1:公知の処理の繰り返しは常識に過ぎない
 CAFCは、先行技術に開示されたステップA~Cを繰り返して、クレーム1を完成させることは常識に過ぎず、自明であると判断した。

 以下に自明性の判断手法について概説する。自明性は米国特許法第103条*5に規定されている。

米国特許法第103条
「発明が第102条に規定された如く全く同一のものとして開示又は記載されていない場合であっても,特許を得ようとする発明の主題が全体としてそれに関する技術分野において通常の技術を有する者にその発明のなされた時点において自明であったであろう場合は特許を受けることができない。」


 自明か否かの判断においては、Graham最高裁判決*6において判示された下記事項を検討する。
(i)「先行技術の範囲及び内容を決定する」
(ii)「先行技術とクレーム発明との相違点を確定する」
(iii)「当業者レベルを決定する」
(iv)「2次的考察を評価する(商業的成功、長期間未解決であった必要性、他人の失敗、模倣等)」
 これらを総合的に考慮して当業者にとって自明か否かを判断する。

 KSR最高裁判決以前は、厳格なTSMテストが採用されており、自明と判断するためには、先行技術中にクレームに想到するための具体的な教示・示唆・動機付けが必要とされていた。

 KSR事件において最高裁は、先行技術中の記載に拘泥する厳格なTSMテストを廃し、非自明判断の要素として「常識common sense」をも適用可能なフレキシブルアプローチへと大きく方向転換した。

最高裁が例示した非自明判断の要素は以下のとおりである。
市場要求(market forces)、
設計上の動機(design incentive)、
複数特許の相互に関係する教示、
発明時において傾注分野において知られているいかなる必要性または問題、特許により言及されている必要性または問題、及び
当業者の背景知識、創造性、常識

 CAFCは「後知恵によるこじつけ、及び、事後的理由付け」には注意する必要があるものの、「常識」は先行技術を組み合わせ、または、改変して特許発明に想到するための要素となると判示した上で、以下のとおり判断した。

 クレーム1においてステップA~Cは受信者のグループを目標とすること、電子メールをこれら受信者へ送信すること、及び、成功裏に配達された電子メール数を計数することを含む。原告は先行技術がこれら3つのステップを開示していることを認めている。残りのステップDは、
「(D)前記計算された数が、前記計算された数が前記所定最小数を超えるまで、前記(A)~(C)のステップを繰り返す。」にすぎない。

 この最後のステップは、単に成功となるまで、公知の処理の繰り返しを記述しているに過ぎない。例えば、100通の電子メールの配信が命じられた場合、第1回送信時は95通だけ配信できたとする。「常識」からすれば、マーケティング担当者はもう一度トライするであろう。なお、原告及び被告は、本事件における当業者は「高校教育を受けた者、マーケティング担当者またはコンピュータ経験者」程度という点に同意している。被告はさらに鑑定人による主張を成したが、CAFCは鑑定人の意見に依らずとも常識であると結論づけた。

 さらに、CAFCは繰り返し処理であるステップDは自明の試み(Obvious to Try)にすぎないと判示した。

 本発明の問題点は、マーケティングノルマである配信数量を満たすために大量の電子メールを送信することである。かかる問題を解決するための潜在的解決方法としては以下の3つが考えられる。
(1)送信を継続すること、すなわちノルマを満たすまで数多くのアドレスへ電子メールを送信し続けること、
(2)不達メッセージを受信した場合、成功を期待して同一アドレスへ再送信すること、
(3)新たなアドレスの新規グループを特定し、新たな特定先に電子メールを送信すること(ステップDに対応)。

 成功確立が高いのは明らかに(3)であり、クレーム1は「有限の特定された潜在的解決方法」の内の一つを試みたに過ぎない。最高裁はKSR事件において、 「有限の解決方法を試すことが、予期される成功を導くのであれば、それは革新(innovation)の成果ではなく、通常の技量及び常識の成果に過ぎない」と述べている。

 原告は、全てのパラメータを変える必要があった、または、多くの可能性ある選択肢のそれぞれを試す必要があった等の理由も立証できなかった。以上のことから、CAFCはステップA~CにステップDを適用することは常識であり、クレーム1は自明であると判断した。

争点2:長期間未解決であった必要性は存在しない
 2次的考察の一つである長期間未解決であった必要性が立証できれば、非自明と判断される可能性があるところ、本事件では原告は当該必要性を立証できなかったことからCAFCは、クレーム1は自明であると結論づけた。

 「長期間未解決であった必要性」を立証するためには、「発明がいつの時点から切実に感じられていたか」、「本特許によって、どのようにしてニーズを満たしたか」を具体的に裁判所に証拠として提出する必要がある。原告は単に「効率が良くなった」と主張するのみで、具体的な日時、並びに、マーケティングコスト及び時間の低減等の証拠を提示しなかった。


5.結論
 CAFCは、400特許のクレーム1が自明と判断した地裁の判断を支持する判決を成した。


6.コメント
 KSR事件において最高裁が判示した「常識」がどのようなアプローチで適用されるのかが明確となった。また2次的考察の一つである「長期間未解決であった必要性」についても言及されたことから参考となる判決である。

 2007年4月にKSR最高裁判決がなされてから、約2年半経過した。下級審であるCAFCは、最高裁が判示したフレキシブルアプローチに則り、自明か否かの具体的判断を行い、以下のとおり判例を蓄積してきた。下記表1に各事件においてポイントとなった事項をまとめる*7

事件名 対象特許 分野 結論 キーワード
Leapfrog事件 発音学習用玩具 電気 自明 予期せぬ効果
In re Icon事件 折りたたみ式トレッドミル
機械

自明 Teach Away(阻害要因)
Agrizap事件 ネズミ駆除装置 電気 自明 予期せぬ効果
Andersen事件 視認性を低減した防虫網
機械
非自明 Teach Away(阻害要因)
Depuy事件 背骨手術用スクリュー
及びスクリュー受け部
機械
非自明 予期せぬ効果
Teach Away(阻害要因)
2次的考察(他人の失敗、模倣)
Fresenius事件 血液透析装置 電気 自明/
非自明
当業者の背景知識、創造性、
公知の必要性または問題
マーカッシュクレーム
MPFクレーム
Perfect事件 電子メール配信システム
情報
自明 常識
自明の試み
長期間未解決であった必要性
表1 CAFCにおける非自明性に関する主要判決


判決 2009年12月2日
以上
【関連事項】
判決の全文は連邦巡回控訴裁判所のホームページから閲覧することができます[PDFファイル]。
http://www.cafc.uscourts.gov/opinions/09-1105.pdf

【注釈】
*1 KSR Int’l Co. v. Teleflex, Inc., 127 S. Ct. 1727, 1742 (2007)、550 U.S. _, 82 USPQ2d 1385 (2007)
詳細は
http://www.knpt.com/contents/cafc/2007.05/2007.05.htm
参照。
*2 TSMテスト:教示(teaching)-示唆(suggestion)-動機(motivation)テストの略である。先行技術の記載に重きを置き、ここに当業者がこれらを組み合わせるための教示、示唆または動機が存在する場合に、自明であると判断する手法である。Al-Site Corp. v. VSI Int’l, Inc., 174 F. 3d 1308, 1323 (CA Fed. 1999)。なお、TSMテスト自体は依然として有効である。
*3 400特許のクレーム1は以下のとおり。
1. A method for managing bulk e-mail distribution comprising the steps:
(A) matching a target recipient profile with a group of target recipients;
(B) transmitting a set of bulk e-mails to said target recipients in said matched group;
(C) calculating a quantity of e-mails in said set of bulk e-mails which have been successfully received by said target recipients; and,
(D) if said calculated quantity does not exceed a prescribed minimum quantity of successfully received e-mails, repeating steps (A)-(C) until said calculated quantity exceeds said prescribed minimum quantity.
*4 Perfect Web Techs., Inc. v. InfoUSA, Inc., No. 07-CV-80286 (S.D. Fla. Oct. 24, 2008)
*5 米国特許法第103条は以下のとおり。
 A patent may not be obtained though the invention is not identically disclosed or described as set forth in section 102 of this title, if the differences between the subject matter sought to be patented and the prior art are such that the subject matter as a whole would have been obvious at the time the invention was made to a person having ordinary skill in the art to which said subject matter pertains. Patentability shall not be negatived by the manner in which the invention was made.
 特許庁HP
http://www.jpo.go.jp/cgi/link.cgi?url=/shiryou/s_sonota/fips/mokuji.htm
参照。
*6 Graham v. John Deere Co., 383 U.S. 1(1966)
*7 詳細は知財ぷりずむバックナンバーまたはhttp://knpt.comを参照されたい。

◆ここに示す判決要約は筆者の私見を示したものであり、情報的なものにすぎず、法律上の助言または意見を含んでいません。ここで述べられている見解は、必ずしもいずれかの法律事務所、特許事務所、代理人または依頼人の意見または意図を示すものではありません。

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http://www.knpt.com/contents/cafc/cafc_index.html

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http://www.knpt.com/contents/news/news00118/news118.html

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